まえがき
韓国映画界の「国民俳優」として、日本でも多くのファンに愛されたアン・ソンギさんが、2026年1月5日に74歳でこの世を去りました。
突然の訃報に、私は今でも信じられない気持ちでいっぱいで、胸が締め付けられるような思いです。
子役時代から約170本もの作品に出演し、常に韓国映画界の先頭を走り続けてきた彼の姿は、まさにレジェンドそのものでした。
アン・ソンギさんは近年、病気と闘いながらも俳優としての情熱を失わなかったといいます。
一体、彼の身に何が起きたのでしょうか。
この記事では、アン・ソンギさんの死因や病状、そして最期を看取ったご家族のこと、さらには記憶に残る名作の数々について詳しくまとめています。
◆アン・ソンギさんの死因は?血液がんの闘病と最期の状況を調査
アン・ソンギさんの直接の死因は、搬送先の病院での「心停止」と発表されました。
実は、アン・ソンギさんは2019年に血液がんと診断され、2020年には一度「完治」の判定を受けていました。しかし、その後残念ながら再発。
近年は公の場に姿を見せる際も、以前とは少し変わった痛々しい姿が報じられ、ファンからは心配の声が上がっていました。
そんな闘病の中、悲劇が起きたのは2025年12月30日のことでした。
自宅で食事をしていた際、誤って食べ物を喉に詰まらせてしまい、そのまま意識不明の重体に。
心停止状態で救急搬送され、集中治療室で懸命な治療が続けられましたが、1月5日の午前9時、ついに力尽きてしまいました。
私は、がんを克服しようと何度も立ち上がり、最後まで「もう一度カメラの前に立ちたい」と願っていた彼の情熱を知り、この突然の事故が悔しくてなりません。
◆アン・ソンギさんを支えた家族(妻・息子)の現在は?長男も最期に間に合う
アン・ソンギさんの最期は、長年連れ添ったご家族に見守られながらの安らかなものだったといいます。
アン・ソンギさんには、著名な彫刻家である妻のオ・ソヒさんと、2人の息子さんがいらっしゃいます。
特に長男のアン・ダビンさんは現在アメリカを拠点に活動されていますが、お父様の危篤の知らせを受け、1月2日に急遽韓国へ帰国されました。
幸いにも最期に立ち会うことができ、お父様との別れを惜しむことができたそうです。
闘病中も、奥様と息子さんたちが献身的に支えていた姿は、韓国の芸能界でも「理想の家族」として有名でした。
私は、息子さんが最期に間に合ったというニュースを聞いて、せめてもの救いだったのではないかと、少しだけ心が軽くなる思いがしました。
◆アン・ソンギさんの出演ドラマ・映画まとめ。170本以上の名作をプレイバック
アン・ソンギさんの活躍を振り返る上で欠かせないのが、圧倒的な作品数です。
まず、多くの方が気になっているアン・ソンギさんの「ドラマ」出演についてですが、実は彼は「テレビドラマには一度も出演しない」という信念を貫いた俳優として非常に有名です。
過去のインタビューでは、「映画は時間をかけて一人の人物を作っていけるが、テレビは作業過程が短い」と、映画への深いこだわりを語っていました。
ですので、私たちが目にするアン・ソンギさんの姿は、そのほとんどが銀幕の中のものとなります。
約170本以上にのぼる出演作の中でも、特にこれだけは見ておきたい代表作をまとめました。
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『シルミド/SILMIDO』(2003年):韓国映画史上初の観客動員1,000万人を突破した伝説的作品。
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『ラジオスター』(2006年):落ちぶれた歌手とマネージャーの絆を描いた、心温まる名作。
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『ディヴァイン・フューリー/使者』(2019年):パク・ソジュンさんと共演し、ベテランの貫禄を見せた近年の話題作。
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『ハンサン ―龍の出現―』(2022年):重厚な演技で作品を引き締めた、歴史超大作。
私は、若手スターたちからも「お父さん」のように慕われ、どの作品でも圧倒的な安心感を与えてくれる彼の演技が大好きでした。
◆まとめ:アン・ソンギさんが韓国映画界に遺したもの
韓国映画の歴史そのものだったアン・ソンギさん。彼の訃報はあまりに突然で、まだ現実を受け入れられないファンも多いことでしょう。
血液がんという病との長い闘い、そして最後まで俳優としての誇りを持ち続けた生き様は、これからも多くの人々の心に残り続けます。
彼の遺した170本以上の素晴らしい作品たちは、これからも私たちに感動を与え続けてくれるはずです。
私は、アン・ソンギさんという偉大な俳優と同じ時代を生き、その素晴らしい演技に触れられたことに心から感謝しています。
心よりご冥福をお祈りいたします。


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